学校の掃除を思い出した
ベトナムじゃなくて日本の小学校
低学年の頃はよく覚えてないけど、なんか当番を割り当てられて6年間おそらく毎日掃除するように言われて、していた気がします。
中学・高校
時間配分を考えながら、指定の場所まで行って掃除して教室に戻ってきていたと記憶しています。我ながら自主的に考えて行動できて偉いと思っていました。
大学
学生が掃除しなくていい事に驚きました。学費が高いだけのことはあります。
やれば出来る子
小学校高学年ぐらいから任せてもらってもいいぐらいだったのに、高い学費を払って雇用の創出をすることで、大学入学後は掃除しない子になりました。
ベトナムではよく見かける方針かも
ハイフォンの富裕層向けエリアは例外
従業員多めのイオンモールは、お客さんに求めるものも特に無さそうですし。お客さん外国人駐在妻だらけの平日昼間ウォーターフロントシティーでは、ベトナム人にしてはノンビリした店員さんが多めという商店もあって、別世界のように思います。
ハノイの混雑飲食店にて
あてがわれたテーブルは自分の席だと思って座っていたのですが。お店の人がお盆ちょい置きして奥の席の人の分を持って行くまで見張っておく役目を期待されたような?まあ、狭い店内、忙しそうですし?置きやすいように遠慮しつつ、衛生面にも気を遣って協力してきたけど、ありがとうもすみませんも言われません。
渡れないおばあちゃん
ハノイで幅員4m程度の道路を歩行者が横断するのも大変っていうタイミングがあるようです。近くの中学校からバイクタクシーで帰る生徒さんが一斉に出てくるからか?
見えないっちゃ見えないけど
身長150センチ切ってそうな、80歳以上と思しきおばあちゃん。せっかちな運転手からは見えないんだろうけど、絶対に渡りたそうにしているのにずっと無視されてるんですよね。フォンヌが近くに居ることでおばあちゃん隠れてるのは確かだけど、一人にしても行き交う車やバイクが止まってくれるように見えません。
多分ベトナム的ルール
ってことは、周辺の居合わせた人に役目が振られてるんだろうなぁと理解しました。ハーイさんが行き交う車に手を振って注目を浴びながら制御、フォンヌがおばあちゃんの手を引いて、あとはもう片方の手をピョコピョコしながらドーモドーモと合図して、ゆっくりバイクによけてもらいながら渡りきりました。なんか英語通じなさそうなおばあちゃんだから顔芸だけで渡る意思は伝えたし、渡ってから、『どうもありがとう。私はコッチ側に行くわね。』って言ってるっぽいのもジェスチャーだけで理解できたし、そういうものらしいです。郷に従って期待された役割を果たします。
スムーズに乗り込める飛行機
ベトナム航空では並ぶ順番でインチキさせないので(普通?)後ろの方のエコノミー席にすんなり向かえます。ベトナム以外ではこんなにスタスタ歩けないのになぁと思ってよく考えたら、スチュワーデスさんが入口であなたアッチあなたはコッチって指示するだけで、奥には居ないんですよね。邪魔だと思う機会がなかったはずです。
慣れてなさそうな子の座席はいずこ?
チケットと座席番号をずっと見比べて立ち尽くしている女の子が居たので、『あなたの座席は何番ですか?』って声を掛けました。一番端からA,B,C,D……って綺麗に並んでいる訳ではないってことも、初めてなら分かりませんよね。こういうお客さんのために客室乗務員さんは点在されていたのかと合点がいきました。
座席上に収納した荷物に手が届かない時
着陸後、斜め前の席のおばあちゃんが、自分の荷物に手が届かなくてお困りでした。重たそうなリュックが見えるけど、乗客が少なかったせいかスカスカしてて、奥の方まで荷物が滑っていたようでした。手前に残っていたとしても、このおばあちゃんでは降ろすの無理っぽいし。スチュワードの姿も見当たらないし、通路際に出られる乗客で一番背が高いのは……フォンヌでした(東南アジアは低身長な人多め)。
ベトナム来てから本気出す
高校を卒業してからは自分の使う教室を綺麗にすることもなく、ひたすら目立たず何もせず過ごしてきたフォンヌでしたが。『人として当然のことをしたまでです』って(ベトナム語が堪能だったら)言えるぐらい、色んな役割を期待されています。一般の主婦としてベトナムに滞在するだけで、充実感を味わえる機会が多いです。